クロスアポイントメント導入における労務管理と規程整備の要点

 大学・研究機関向けコラム 

2026年7月29日

はじめに

前回のコラムでは、クロスアポイントメント制度が大学経営や産学連携にもたらす大きなメリットについてお伝えしました。
クロスアポイントメント制度の導入にあたり、多くの大学が「複数機関にまたがる労務管理」や「トラブル防止のルール作り」に課題を抱えています。本コラムでは、基本となる法的枠組みを整理した上で、人事担当者が押さえるべき労務管理の実務と規程整備のポイントを解説します。

クロスアポイントメントの基本となる「在籍型出向」の仕組み

クロスアポイントメント制度は、多くの場合「在籍型出向」という法的な枠組みを用いて実施されます。
これは、例えば、大学(出向元)と企業(出向先)の間で出向に係る協定を結ぶとともに、対象となる教員(研究者)が「大学及び企業の双方と個別に労働契約を締結する」形態を指します。教員は出向元と出向先で双方の職員・社員としての身分を有し、あらかじめ定められた従事比率(エフォート)に基づき、それぞれの機関の責任と指揮命令の下で業務を行います。
このように複数の機関との雇用関係が同時に併存する状態となるため、労働基準法などの労働関係法令が両機関をまたがって適用されるという点に、実務上の最大の注意が必要です。
以下、大学(出向元)と企業(出向先)でのクロスアポイントメントを例にとって、解説をしていきます。

大原則である「労働時間の通算」

教員が2つの機関と雇用契約を結ぶことで、人事担当者が直面する最大の実務課題が「出向元(大学)と出向先(企業)における労働時間は、法律上『通算』される」という大原則です。 つまり、「大学の業務は法定労働時間内に収まっているから問題ない」というわけにはいきません。双方の労働時間を通算した結果、法定労働時間を超過していれば、原則として時間外労働の割増賃金が発生します。
また、時間外労働時間は、原則として「月45時間・年360時間」という法律上の上限があります。これを超えないように、大学と企業の間で実労働時間を正確に把握しなければなりません。この通算管理を怠ると、予期せぬ法違反や割増賃金の未払いリスクを招くため、両機関で速やかに実労働時間を報告・共有し合える連携体制を事前時確立しておくことが重要です。

「同一日就業」における3つのチェックポイント

大学教員の場合、「裁量労働制」が適用されているケースが多いでしょう。「みなし時間で働くのだから、労働時間の通算は気にしなくてよいのでは?」と思われがちですが、裁量労働制であっても、深夜労働・休日労働に対する割増賃金の支払いや、労働安全衛生法上の「労働時間の状況」の把握義務は免除されません。
特に労務管理が複雑になるのが、「同一日に大学と企業の両方で就業する」ケースです。これを認める場合、以下のポイントを協定書等で定めておく必要があります。

  1. みなし労働時間の「事前按分」
    同じ日に両機関で勤務する場合、労働時間が通算されるのは先述のとおりです。例えば、大学側が裁量労働制(みなし8時間)を適用している場合、他方機関での労働時間がそのまま加算されるため、法定労働時間を超えて想定外の割増賃金が発生するリスクがあります。
    そのため、厚労省のガイドライン(追補版)では、労使協定において「複数機関で同一日に就業する場合のみなし労働時間の特例」を定める方法が示されています。
    しかしながら、通常とは異なるみなし時間が自動適用されるルールや、他方機関の実労働時間を差し引いてみなし時間を変動させるような定め方が、法的にどこまで有効なのか、また実務上本当に機能するのかについては疑義が残るところです。
  2. 休憩・年次有給休暇の管理
    「副業・兼業のガイドライン」にあるとおり、労働基準法における休憩の規定については、他方の機関との労働時間は通算されず、それぞれの期間ごとに個別に適用されることとなります。
    そのため、同一日に両機関で勤務する場合であっても、各機関での労働時間が6時間を超えない限り、法律上の休憩付与義務はどちらの機関にも生じません。ただし、健康配慮等の観点から、必要に応じて休憩時間を設けるなどの運用を協定で取り決めることも差し支えありません。
    また年次有給休暇は、クロスアポイントメント制度が在籍出向型ということであれば、付与日数や5日間の義務(10日以上付与された場合)などは、その協定書でどのように取り決めていくのかということになります。実務上は管理が煩雑になるため、「出向元で勤務する場合は出向元の就業規則を、出向先で勤務する場合は出向先の就業規則を適用しつつ、年次有給休暇は出向元の規則に基づき付与し、どちらの機関でも時季指定できる」とするケースが多いようです。
  3. 移動時間と通勤災害の扱い
    大学と企業間の移動時間は原則として労働時間には含まれませんが、交通費の負担者は協定で定めておく必要があります。また、万が一移動中に通勤災害が発生した場合、「終点たる事業場(後の時間帯に勤務する機関)」の保険関係で処理されるという通達があることも押さえておきましょう。

トラブルを防ぐ「規程整備」の3ステップ

制度を安全に運用するためには、場当たり的な対応ではなく、学内でのルール整備が不可欠です。以下のステップで整備を進めることをお勧めします。

ステップ①:労務リスクへの対応(休職・懲戒ルールの整合性)
教員が病気等で休職事由に該当した場合、2つの組織間で身分が宙に浮かないよう「一方の休職事由に該当した場合は協定を終了し、一旦出向元に戻した上で休職命令を発令する」といった運用をあらかじめ定めることが有効です。また、万が一不正行為等があった場合の懲戒処分については、それぞれの就業規則に基づいて行うこととなります。就労に関わるものは出向先、労働者の地位に関わるものは出向元に戻して行うことが一般的です。

ステップ②:安全衛生の責任の明確化
クロスアポイントメント期間中は、大学と企業の双方が労働者に対して具体的な指揮命令を行うため、いずれも安全配慮義務(労働契約法第5条)を負う立場となります。疾病や怪我等が発生した場合の責任所在は、発生原因や勤務状況等を考慮して総合的に判断され、いずれかもしくは双方がその責任を負うこととなります。
したがって万が一の事故発生時における緊急連絡・報告体制をあらかじめ明確にしておくことが重要です。

ステップ③:協定書と学内規程のひな形準備
これらのルールをまとめた学内規程を創設し、企業と取り交わす協定書のひな形をあらかじめ準備しておくことで、実施段階での手続きが劇的にスムーズになります。

まとめ

クロスアポイントメント制度は、特例的な働き方となるため一見すると労務管理のハードルが高く感じられます。しかし、「在籍型出向による複数機関との労働契約」と「労働時間の通算」という大原則を正しく理解し、それに合わせた「同一日就業のルール」や「就業規則等の整備」を事前に行っておけば、トラブルは未然に防ぐことができます。

複雑な法律が絡む制度設計を自学のみで完結させるのはご負担が大きいかと思います。制度の導入や規程・協定書の整備に少しでも不安を感じられましたら、ぜひ弊社にご相談ください。

次回は、人事担当者が一番迷いやすい「社会保険と給与一括支給の仕組み」について解説します。

※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものです。法令や行政の指針は執筆時のものであり、改正されることがあります。また個別の事案によって適切な対応は異なります。

執筆者:特定社会保険労務士 坂中 隼人

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