社会保険と給与一括支給の仕組み

 大学・研究機関向けコラム 

2026年8月5日

はじめに

これまでのコラムを通じて、クロスアポイントメント制度(在籍型出向)がもたらす経営的メリットや、二重雇用状態における労働時間管理の重要性についてお伝えしてきました。今回は、実際に制度を運用するにあたり、人事・総務担当者が最も悩みやすい「給与計算」と「社会保険の手続き」について解説します。
2つの機関に雇用される研究者が、毎月の給与の手取り額や将来の年金、万が一の労災、そして退職金などで不利益を被るようなことがあっては、せっかくの制度も機能しません。複雑な手続きの煩雑さを解消し、教員が安心して研究に専念できる「一括加入・一括支給」の実務プロセスと法的留意点について、解説します。

本コラムも前回と同様に、大学(出向元)と企業(出向先)でのクロスアポイントメントを例にとって、解説をしていきます。

「給与の一括支給」で計算をシンプルにする

クロスアポイントメントでは、大学と企業がそれぞれエフォート率に応じて給与を負担します。しかし、各機関が個別に給与を支払うと、給与計算や源泉所得税、社会保険料の控除の手続きが非常に複雑になってしまいます。
実務において一般的なのは、協定によって出向元(大学)を「給与支払機関」と定め、両機関の給与を合算して「一括支給」する仕組みです。これにより、教員は毎月1か所から給与を受け取ることができ、源泉所得税の徴収や社会保険料の控除も大学側で一元管理をすることが可能となります。企業側からは、エフォートに応じた給与負担金を大学へ精算するというお金の流れを構築します。

注意点①:
企業へ給与負担金を請求する際、「管理費」や「手数料」などを上乗せして受け取ると、営利を目的とした「労働者供給事業」とみなされ、職業安定法第44条違反となる恐れがあります。資金の流れはあくまで給与負担分等のみの精算にとどめ、透明性を確保するように留意してください。

注意点②:
企業側(給与支払機関ではない)で時間外・深夜・休日労働が発生した場合、当然ながら割増賃金の支払い義務が生じます。企業側が裁量労働制を採用していない場合や、みなし時間を超えて深夜・休日に就業した場合は、定額の給与負担金に加え、これらの割増分を加算して大学側に精算するルールを協定で定めておく必要があります。

エフォート率に左右されない社会保険と労働保険の特例

同時に2つ以上の雇用関係を有する場合の社会保険の手続きは、通常であれば「二以上事業所勤務届」という手続きが必要です。しかし、クロスアポイントメントにおいて給与を「一括支給」する場合は、手続きを大きく簡略化できます。

  • 医療保険・年金(共済制度・健康保険・厚生年金等):
    出向元と出向先の関係など合理的な理由があれば、外見上のエフォート率(例えば「大学50%:企業50%」など)に関わらず、給与を一括して支払う大学側の制度のみを継続して適用することが可能です。この場合、企業分を含めた給与全額に対して保険料が賦課されます。
  • 雇用保険:
    雇用保険は「生計を維持するのに必要な主たる賃金を受ける1つの雇用関係」についてのみ資格が認められます。一括支給の場合はその機関で資格が認められ、本人が「企業側でも入りたい」と希望しても二重加入はできません。
  • 労働者災害補償保険(労災保険)と児童手当:
    労災保険料や児童手当拠出金も、給与を一括支給する機関が納付します。なお、労災の保険率は「給与支払元(大学)の料率」が適用されます。万が一、保険料を直接納付していない企業側での勤務中に労災事故や通勤災害が発生した場合でも、教員は問題なく全額の労災給付を受けることができるため安心です。

退職金の「通算」で将来の不利益を防ぐ

人事担当者がもう一つ忘れてはならないのが、教員の「退職金」に関する取扱いです。通常、企業への出向期間中は大学の本来業務から一部離れることになりますが、これによって教員の将来の退職金が減額されるような不利益を防ぐ必要があります。
実務上は、協定において「出向期間中も出向元(大学)の退職金制度を適用し、勤続年数を通算する」旨を定めることが可能です。
ただし、通算措置を講じる場合、企業でのエフォート分に相当する退職木負担をどうするのかが問題となります。出向期間やエフォートに応じた退職金相当額を企業側から大学側へ精算してもらうか否かを、協定書においてあらかじめ明確に定めておく必要があります。
(※国立大学法人の場合、退職手当を運営費交付金で措置することも可能とされています)

まとめ

今回は、クロスアポイントメント制度における「給与計算」や「社会保険」「退職金」の実務について解説しました。給与の「一括支給」による計算の簡素化や社会保険の特例を活用することで、複雑な手続きを解決し、教員が不利益を被ることなく研究に専念できる環境を整えることが可能です。
全3回にわたり、本制度の経営的メリットから、労務管理・規定整備、そして給与・社会保険の手続きまでを解説してきました。「複数機関での労働時間の通算」や「特例的な制度設計」など、実務上のハードルは確かに存在します。しかし、優秀な研究者の確保と外部資金の効果的な獲得という、経営課題を解決するための有効な手段と言えるでしょう。

事前に適切な協定や規程を整備しておくことで、これらの労務課題はクリアできます。
制度の利用に不明な点などがございましたら、お気軽に弊法人までご相談ください。

※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものです。法令や行政の指針は執筆時のものであり、改正されることがあります。また個別の事案によって適切な対応は異なります。

執筆者:特定社会保険労務士 坂中 隼人

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