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企業の役員とのクロスアポイントメントは可能か
―契約関係と労務管理上の注意点
大学・研究機関向けコラム
2026年9月28日
大学の顧問先から、「本学の教員とベンチャー企業との間でクロスアポイントメントを行いたいが、企業側では役員として受け入れることは可能か」といったご相談をいただくことがあります。
また、ベンチャー企業の役員を、自法人における教員や研究者等の労働者として受け入れたい、といったニーズもあるようです。
このような場合、役員であってもクロスアポイントメントは成立するのでしょうか。また、労働時間や社会保険などは、どのように取り扱えばよいのでしょうか。
本件については、「クロスアポイントメントと呼べるか」という問題と、「実際にどのような契約関係を設け、労務管理を行うか」という問題を分けて考える必要があります。
クロスアポイントメントは、それ自体が労働法上の独立した契約類型として定められているものではありません。経済産業省や文部科学省が、研究者等の複数機関での活動を促進するため、その基本的な枠組みや留意点を示しているものです。
両省の資料では、研究者等が双方の機関と雇用関係を持ち、各機関での従事割合を定めて業務を行うことが基本とされています。このように、在籍型出向を基本的な形としていますので、出向元と出向先の双方との雇用関係が前提となります。
そのため、大学とは雇用関係にある一方、企業とは役員としての委任関係のみを持つ場合には、この基本的な枠組みにそのまま当てはまるとは言いにくいところです。
もっとも、クロスアポイントとして整理する場合において、企業側で役員になること自体が明確に否定されているわけではありません。
例えば、取締役であっても、役員としての地位とは別に、従業員として他の者の指揮命令を受けて業務に従事する場合があります。いわゆる兼務役員です。この場合には、従業員としての業務について企業との雇用関係が成立しますので、在籍出向型を前提としたクロスアポイントメントとして整理する余地があります。
これに対し、代表取締役については、原則としてその会社の労働者として取り扱うことはできません。
したがって、大学の教員がベンチャー企業の代表取締役として活動する場合には、
という、それぞれ独立した異なる契約関係を持つと解する以外にありません。
またこの場合、企業側との間に雇用関係がない以上、一般的な在籍型出向の枠組みをそのまま採ることはできません。
もっとも、このように在籍型出向の形を採れない場合について、大学等からの照会に対し、経済産業省や文部科学省から、「適正な管理がなされている限り、在籍型出向に限定されるものではない」といった趣旨の回答がなされているとの話も聞かれます。
ここでいう「適正な管理」が具体的に何を指すのかは必ずしも明確ではありませんが、企業側で代表取締役等の役員となる場合について、クロスアポイントメントという枠組みで取り扱うこと自体が完全に否定されているわけではない、というのが実情のようです。
そのため、代表取締役を受け入れる場合等においては、名称としてクロスアポイントメントを用いるとしても、通常の在籍型出向と同じように考えるのではなく、大学と企業それぞれとの契約関係に応じて、勤務、報酬、保険等を整理する必要があります。
以下では、大学では労働者、企業では労働者性のない役員として活動する場合を前提に考えます。
まず決めておきたいのが、大学の労働者として勤務する時間と、企業の役員として活動する時間の区分です。
例えば「大学70%、企業30%」と従事割合だけを定めても、実際にいつ大学の労働者として勤務し、いつ企業の役員として活動するのかは分かりません。
そのため、
など、少なくとも大学側では、雇用契約の内容として勤務日・勤務時間をある程度特定できるようにしておく必要があります。
大学の労働時間として管理するのは、この大学との雇用契約に基づいて勤務する時間です。
企業で労働者に該当しない役員として活動する時間は、労働基準法上の労働時間ではありませんので、大学の労働時間との通算対象にもなりません。
ただし、例えば大学で週40時間勤務した上で、企業経営にも週30時間従事しているような状態であれば、法定労働時間の通算とは別に、健康管理上の問題が生じます。
企業側での活動時間を大学の労働時間として管理する必要まではありませんが、企業側での活動日数や概ねの活動時間を定期的に申告させるなど、大学業務と両立できる状態にあるかを把握できる仕組みは設けておいた方がよいでしょう。
企業側で労働者に該当しないのであれば、企業には労働基準法上の年次有給休暇の付与義務はありません。
一方、大学側では、大学との雇用契約に基づいて年次有給休暇を付与します。
したがって、例えば月曜日から水曜日までを大学勤務、木曜日・金曜日を企業での活動日としているのであれば、木曜日・金曜日について大学の年次有給休暇を取得するという問題は、通常は生じません。そもそも大学における労働義務のない日だからです。
また、クロスアポイントメントによって大学の所定労働日数が変わる場合には、変更後の所定労働日数に応じて、年次有給休暇の付与日数や比例付与の対象となるかを判断することになります。
「企業では労働者ではない役員だから、保険関係もすべて大学だけでよい」というわけではありません。
健康保険・厚生年金保険では、労働基準法上の労働者に該当しない法人の代表者や役員であっても、勤務実態や役員報酬等に応じて被保険者となります。
したがって、大学と企業の双方で加入要件を満たす場合には、二以上事業所勤務に関する手続が必要となる場合があります。
ただし、大学側で共済組合に加入している場合には、取扱いが少し複雑です。例えば、共済組合と協会けんぽとの間では、健康保険について二以上事業所勤務の取扱いとはならず、いずれか一方で加入することになります。また、この場合には基本的に共済組合への加入が優先されますが、個別の状況によって取扱いが異なる可能性もあります。そのため、大学での加入状況、企業での役職、役員報酬額等を示した上で、大学側の共済組合と企業を管轄する年金事務所に確認しておくことが確実です。
一方、雇用保険では、企業側で労働者性のない役員として活動するのであれば、企業側では原則として被保険者になりません。大学側では、クロスアポイントメント後の週所定労働時間等に基づいて加入要件を判断します。
労災保険についても同様に注意が必要です。
企業の役員として活動している最中の事故は、大学との雇用関係があるというだけで大学側の労災保険の対象になるわけではありません。労災保険は原則として労働者を対象とする制度ですので、企業の役員としての活動中の事故についても補償を行うのであれば、特別加入や民間保険等を含め、企業側でどのような補償を設けるのかをあらかじめ整理しておく必要があります。
報酬の支払方法についても注意が必要です。
大学との雇用関係を維持したまま、企業側では労働者性のない役員として活動する場合、大学における労働の対価である賃金については、労働基準法上の賃金直接払いの原則が適用されます。
したがって、例えば「大学70%、企業30%」という従事割合を定めながら、大学での勤務分も含めた報酬の全額を企業側から役員報酬として本人に支払い、大学からは賃金を支払わない、といった取扱いはできません。
大学における労働の対価については、原則として大学から本人に賃金として直接支払う必要があります。
企業の役員とのクロスアポイントメントを考える場合、最も重要なのは、「クロスアポイントメントという名称を使えるか」だけではありません。
まず、大学と企業のそれぞれにおいて、本人が労働者なのか役員なのかを明確にする必要があります。
特に、企業側で代表取締役となる場合には、原則として企業との雇用関係を前提にすることができません。
その上で、大学側の勤務日・勤務時間、大学から支払う賃金、社会保険・労働保険、企業側での事故に対する補償などを、それぞれの契約関係に合わせて整理することになります。
クロスアポイントメントという名称に合わせて契約関係を作るのではなく、実際の働き方と契約関係を先に整理し、その実態に合わせて制度を運用することが重要です。
※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものです。法令や行政の指針は執筆時のものであり、改正されることがあります。また個別の事案によって適切な対応は異なります。
執筆者:社会保険労務士 浅賀 聖斗
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