『医療機関のためのハラスメント対策ガイド』

第2回 「指導」と「パワハラ」の境界線

――管理職こそ学ぶべき理由

 医療機関向けコラム 

2026年9月9日

本コラムは、「医療機関のためのハラスメント対策ガイド」と題し、全5回でお届けする連載です。

第1回 なぜ医療機関でハラスメントは起きやすいのか
第2回 「指導」と「パワハラ」の境界線(今回)
第3回 相談されない窓口は、無いのと同じ
第4回 申告があったとき、組織の真価が問われる
第5回 患者・家族からのハラスメントと、持続する組織づくり

はじめに

前回は、医療機関でハラスメントが起きやすい「構造」についてお話ししました。
働く人の約3割が、過去3年間にパワハラを受けたという調査もあります(厚生労働省・2020年度)。それだけ身近な問題です。

今回の主役は、管理職です。管理職には、ハラスメント対策で大きな2つの役割があります。

役割① 自分が「加害者」にならない
役割② 部署の「芽」に気づき、早めに摘む

①は、よく知られています。一方、②は見落とされがちですが、実はとても大切です。
なぜなら、管理職は現場に一番近い存在だからです。部下の小さな変化に気づける立場は、ほかにありません。

役割① 「指導」と「パワハラ」を区別する

役割①で大事なのは、適正な指導はパワハラではない、という点です。
国の指針では、次の3つをすべて満たすものをパワハラとしています。

  • 優越的な関係を背景にした言動である
  • 業務上、必要かつ相当な範囲を超えている
  • 相手の働く環境が害される

業務に必要で、内容が適正な指導なら、問題ありません。受け手側に多少きつく感じられても、パワハラにはなりません。
具体的な場面で見ると、違いがはっきりします。

  • OKな例:ミスを具体的に指摘し、改善方法を一緒に確認する
  • NGな例:「だからお前はダメなんだ」と人格を責める
  • NGな例:大勢の前で、長時間にわたり叱責し続ける

境目は、「事実」を正すか、「人格」を攻撃するかです。ミスは正しても、人を傷つける必要性は認められません。
医療ならではの注意点もあります。インシデントのあとの振り返りです。再発防止のための厳しい確認が、いつのまにか特定の人を責める場になっていないか。「再発防止」と「個人攻撃」は、紙一重です。記録を残すときも、事実と業務上の必要にしぼります。「学生からやり直すべき!」など、感情のこもった評価まで書くと、その記録自体が、あとで問題になりかねません。

迷ったときの、3つのチェック

自分の言動に迷ったら、次の3つを問いかけてみてください。

  1. その指摘に、業務上の必要があるか
  2. 言い方や場所は、適切だったか
  3. 相手の人格ではなく、言動を対象にしているか

3つとも「はい」と言えるなら、多くの場合、適正な指導です。迷いが残るなら、いったん立ち止まる合図です。

役割② 問題の「芽」に、いち早く気づく

ここからが、今回いちばんお伝えしたいことです。管理職には、ハラスメントの「芽」を早く摘む役割があります。
ハラスメントは、ある日突然起きるわけではありません。たいていは、小さな違和感から始まります。
その違和感に、現場にいる管理職はいちばん早く気づけます。人事担当者や経営層が知るころには、もう大きくなっていることが多いのです。
だからこそ、管理職の「気づき」が、最初の防波堤になります。自分が加害者にならないことと同じくらい、大切な役割です。
医療機関には、働きやすい環境を守る義務があります。その義務を、現場で日々果たしているのが管理職の目配りです。

こんなサインを、見逃していませんか

まず大切なのは、何を「芽」と見るかを知っておくことです。たとえば、次のような変化はサインかもしれません。

  • 特定の職員だけ、会話の輪から外れている
  • ある先輩の前でだけ、新人の表情がこわばる
  • きつい言い方を、まわりが「冗談」として流している
  • 申し送りや朝礼で、特定の人への指摘が強い
  • 急に遅刻や欠勤が増えた職員がいる
  • 以前より、笑顔やおしゃべりが減った

どれも、それ単体では「事件」ではないかもしれません。でも、こうした小さな変化こそ、芽のサインです。
ふだんから部下を見ていないと、こうした変化には気づけません。日々の声かけや観察が、早期発見の土台になります。
サインの出方は、人によって違います。不満を口にする人もいれば、黙って抱え込む人もいます。大きな声よりも、静かな変化のほうが見逃されやすいので、注意が必要です。

芽のうちなら、小さな対応で収まります

対応は、早ければ早いほど軽くてすみます。
芽の段階なら、ちょっとした働きかけで流れを変えられます。たとえば、次のような対応です。

  • 気になる職員に、「最近どう?」とさりげなく声をかける
  • きつい言動を見たら、その場で「言い方、気をつけよう」と一言添える
  • チームの言葉づかいやルールを、朝礼で改めて確認する
  • 当事者それぞれから、個別に話を聞いてみる

これくらいの対応で、多くは大きくならずにすみます。
逆に、芽を放っておくとどうなるでしょうか。被害が深刻になり、職員が体調を崩したり、辞めてしまうことさえあります。一人の退職が、残った職員の負担を増やし、次の芽を生むことにもなりかねません。
小さな芽のうちなら、声かけ一つで足ります。大きくなってからは、調査や処分、ときに訴訟へと発展します。かかる労力は、まったく違います。
たとえば、新人がある先輩の前でだけ固まっている、と気づいたとします。早い段階なら、先輩に「言い方を少し変えてみよう」と伝えるだけで終わることも多いものです。半年放っておけば、新人は退職を申し出るかもしれません。同じ問題でも、初動の早さで結末は大きく変わります。

一番危ないのは、「様子見」です

ここで注意したいのが、「様子見」のクセです。
「決定的じゃないし」「考えすぎかもしれない」。
そう思って、つい先送りにしてしまう管理職は少なくありません。
しかし、芽は待っていても消えません。むしろ、放置されることで「これくらいは許される」と、まわりに広がっていきます。
確信がなくても、動いていいのです。「気になったから、声をかけた」。それで十分です。
早めの小さな一手が、職員も、患者さんも、そして組織を守ります。
「あのとき動いていれば」と悔やむ前に、気づいた時点で、小さく動く。それが、芽を摘むということです。

一人で抱え込まず、早めに相談を

最後に、お伝えしたいことがあります。管理職は、この2つの役割を一人で背負う必要はありません。
「これは指導の範囲か」「この変化は、芽だろうか」。迷う場面は、必ず出てきます。
そんなとき、人事担当者を通じて、医療現場に詳しい社会保険労務士(社労士)に相談できると安心です。芽の段階で専門家に相談すれば、こじれる前に手を打つこともできます。
また、こうした「気づく力」「区別する力」は、研修で身につきます。弊社の管理職向け研修は、医療現場の場面を題材にし、境界線の見分け方だけでなく、芽の見つけ方と初動までを学べます。
次回は、職員が安心して声を上げられる「相談体制のつくり方」をお話しします。窓口があるのに使われない、その理由から考えていきます。

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※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものです。法令や行政の指針は改正されることがあり、個別の事案によって適切な対応は異なります。実際の対応にあたっては、専門家にご相談ください。[本記事は、2026年8月時点の情報に基づいています]

執筆者:特定社会保険労務士 稲好 智子

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