『医療機関のためのハラスメント対策ガイド』

第1回 なぜ医療機関でハラスメントは起きやすいのか

――命を預かる現場の構造的リスク

 医療機関向けコラム 

2026年9月2日

本コラムは、「医療機関のためのハラスメント対策ガイド」と題し、全5回でお届けする連載です。

第1回となる今回は、「なぜ医療機関でハラスメントは起きやすいのか」をテーマに、現場に潜むリスクを整理します。

連載では、次のテーマを順に取り上げていきます。

第1回 なぜ医療機関でハラスメントは起きやすいのか(今回)
第2回 「指導」と「パワハラ」の境界線
第3回 相談されない窓口は、無いのと同じ
第4回 申告があったとき、組織の真価が問われる
第5回 患者・家族からのハラスメントと、持続する組織づくり

はじめに

医療機関でのハラスメントは、「一部の困った人」が起こすものだと思われがちです。

でも、本当にそうでしょうか。

実は、医療の現場には、ハラスメントが生まれやすい「構造」があります。人の問題というより、職場の仕組みや環境の問題です。

だからこそ、対策の第一歩は「なぜ自分たちの職場で起きやすいのか」を知ることです。今回は、医療機関ならではのリスクを整理していきます。

医療・福祉は、ハラスメントが起きやすい職場です

まず知っておきたいのは、医療・福祉はハラスメントの多い分野だという事実です。

厚生労働省の2023年度の調査では、過去3年間にパワハラの相談があった企業は64.2%にのぼります。3年前の調査から、16ポイント増えました。なかでも医療・福祉は、相談が多い分野として知られています。

患者さんやご家族からの被害も深刻です。

ある全国調査では、患者さんやご家族からの暴力・暴言などの報告があった医療施設は、85.5%にのぼりました(厚生労働科学研究、2018年度)。これは過去の話ではなく、2025年も、日本看護協会や厚生労働省が、患者さん・ご家族からの暴力への対策を呼びかけています。

これは、特別な病院だけの話ではありません。多くの職場が、同じリスクを抱えています。

しかも、ハラスメント防止は、いまや法律上の義務です。2022年4月からは、中小の医療機関を含むすべての事業主に、防止対策が求められています(パワハラ防止法)。「知らなかった」では済まされません。

では、なぜ医療現場では、これほど起きやすいのでしょうか。理由は大きく3つあります。

理由① 職種をまたぐ、強い上下関係

1つ目の理由は、医療現場ならではの強い上下関係です。

病院には、医師・看護師・薬剤師・技師・事務など、多くの職種があります。職種の間にも、経験年数の間にも、はっきりした序列が生まれやすい職場です。

たとえば、こんな場面はないでしょうか。

  • 指示に疑問を伝えただけで、「口答えするな」と強く言われる
  • 新人が、先輩から「そんなこともできないの」と大勢の前で叱られる
  • 誰もが嫌がる業務を、「これも勉強のうち」と一人だけに押しつけられる

こうしたやりとりは、「指導」のつもりで行われることがほとんどです。悪気がない分、問題に気づきにくいのが難しいところです。

立場の差が大きいほど、言われた側は反論できません。「これくらい普通」という空気が、被害を見えにくくします。

理由② 命を預かる、強い緊張感

2つ目の理由は、命に直結する緊張感です。

医療の現場では、一つのミスが患者さんの命にかかわります。急変や急患は、時間を選んでくれません。
強いプレッシャーの中では、言葉がきつくなりがちです。「早くして」「何回言わせるの」と、つい口に出てしまう場面もあります。

緊急時の厳しい指示は、必要なこともあります。ただ、それが日常の暴言になっていないか。線引きはあいまいになりやすいものです。

夜勤や当直が続けば、疲れもたまります。睡眠が削られた状態では、誰でも余裕を失います。環境そのものが、引き金になっているのです。

理由③ 閉鎖的で、逃げ場の少ない職場

3つ目の理由は、人間関係が固定されやすいことです。

病棟や部署は、メンバーがほぼ固定されていることも少なくありません。同じ顔ぶれで、長い時間を一緒に過ごします。

相手と合わなくても、簡単には離れられません。シフトで顔を合わせ続けるため、関係をリセットしにくいのです。

さらに、人手不足も逃げ場を狭めます。「自分が休めば同僚に迷惑がかかる」と感じ、つらくても言い出せません。

我慢が積み重なり、ある日、退職という形で表に出てくることさえあります。実際、看護職の精神疾患による労災請求は増えています。2020年には、職種別で3番目に多くなりました。これは、現場の負担が限界に近づいているサインです。

患者さんやご家族からの「ペイハラ」もあります

職員を守るうえでは、外部からのハラスメントにも目を向ける必要があります。

患者さんやご家族からの暴言・暴力は「ペイハラ」とも呼ばれます。(ペイハラ=患者などからの迷惑行為のこと。ペイシェント・ハラスメントの略)

たとえば、次のようなケースです。

  • 待ち時間が長いと、受付で大声で怒鳴られる
  • 治療方針への不満から、「訴えるぞ」と繰り返し脅される
  • 特定の職員に、しつこく個人的な連絡先を聞く

こうした被害は、特定の科に限りません。

外来から病棟、介護の現場まで、場所を選ばず起きています。内側の上下関係と、外側の患者対応。医療機関は、この両面からリスクを抱えています。

「個人の問題」にすると、対策はうまくいきません

ここで大切なのは、原因を個人だけに求めないことです。

「あの人の性格が問題だ」で終わらせると、対策は前に進みません。担当者が代わっても、同じことがくり返されるからです。

やっかいなのは、「うちは風通しがいい」という経営層の感覚と、現場の実感がずれている場合です。匿名・部署別のアンケートをとって、はじめて偏りが見えてくることもあります。

これまで見てきたとおり、医療現場には問題が起こりやすい構造があります。だから、防ぐ側も「仕組み」で取り組む必要があります。たとえば、こんな土台づくりです。

  • 何がハラスメントにあたるのか、職員全員で目線をそろえる
  • 指導と叱責の違いを、管理職が具体的につかむ
  • 困ったときに、安心して相談できる窓口をつくる

そして、学びの効果を高めるには「自分ごと」として受け止めてもらうことが欠かせません。

ありがちなビジネスの事例を使った研修では、医療現場で働く人たちの心にはなかなか届きません。
「病棟で本当に起こりそうな場面」で学んでこそ、職員の行動は変わります。

弊社のeラーニングは、医療現場で起こりがちな具体的な場面をもとに作っています。だからこそ、受講した方が「これは自分の話だ」と感じられます。

終わりに

医療機関のハラスメントは、特別な誰かが起こす問題ではありません。

現場の構造が生み出す、組織全体の課題です。

まずは、自分たちの職場がどんなリスクを抱えているかを知ること。そこから、すべての対策が始まります。
対策を後回しにすると、職員の離職や、思わぬ労務トラブルにつながります。早めに動くほど、組織は守りやすくなります。

フォーブレーンでは、医療現場のハラスメント問題に詳しい社会保険労務士が、皆さまをサポートします。(社会保険労務士=労務管理の専門家。略して「社労士」)

人事担当者の方が「こんなときにどう対応すればいいのか」「そもそも問題をなくすためにはどうしたらよいのか」と迷う段階で、気軽に相談できる相手がいる。それだけで、問題が大きくなる前に手を打てます。

次回は、現場で最も悩ましい「指導とパワハラの境界線」を取り上げます。特に管理職層の方には、ぜひ読んでいただきたい内容です。

※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものです。法令や行政の指針は改正されることがあり、個別の事案によって適切な対応は異なります。実際の対応にあたっては、専門家にご相談ください。[本記事は、2026年8月時点の情報に基づいています]

執筆者:特定社会保険労務士 稲好 智子

お問合せはこちら

お電話でのお問合せはこちら

03-5159-2522

メールでのお問合せは24時間受け付けております。お気軽にご連絡ください。

アクセス

03-5159-2522
住所

〒101-0041
東京都千代田区神田須田町1-16
RAXA神田須田町402

営業時間

9:00〜18:00
メールでのお問合せは24時間受け付けております。

休業日

土曜日・日曜日・祝日
詳しくはお電話ください。
お気軽にご連絡ください。