『医療機関のためのハラスメント対策ガイド』

第5回 

患者・家族からのハラスメントと、持続する組織づくり
――外部の力を味方につける

 医療機関向けコラム 

2026年9月30日

本コラムは、「医療機関のためのハラスメント対策ガイド」と題し、全5回でお届けする連載です。

第1回 なぜ医療機関でハラスメントは起きやすいのか
第2回 「指導」と「パワハラ」の境界線
第3回 相談されない窓口は、無いのと同じ
第4回 申告があったとき、組織の真価が問われる
第5回 患者・家族からのハラスメントと、持続する組織づくり(今回)

はじめに

この連載も、いよいよ最終回です。
これまでの4回は、おもに組織の「内側」を見てきました。起きやすい構造、管理職の役割、相談体制、そして事実調査です。
今回は、視点を「外側」にも広げます。患者さんやご家族からのハラスメントです。
外からのハラスメントは、内側の問題と切り離せません。両方をあわせて見ることで、対策の全体像が見えてきます。
そして最後に、全5回をふりかえり、対策を続けるコツをお伝えします。

職員は、外からのハラスメントにもさらされています

加害者は、職場の中にいるとは限りません。
患者さんやご家族からの暴言・暴力も、深刻な問題です。日本看護協会の調査では、看護職の「2人に1人」が、暴力やハラスメントを経験しています(2017年)。その加害者には、患者さんやご家族も多く含まれます。
かつては、救急外来や精神科で多いと思われていました。今は、どの診療科でも、健診施設や介護施設でも起きています。
被害は、本人の心だけの問題では終わりません。ベテランが辞め、残った職員の負担が増える。そうして人手不足が進めば、医療の質にも影響します。

「患者さんだから」と、我慢させていませんか

ここで問いたいのは、現場任せになっていないか、ということです。
「患者さんだから」「クレームは仕方ない」。そう考えて、職員に一人で耐えさせてはいないでしょうか。
もちろん、正当な要望やご意見は、しっかり受け止めるべきです。でも、それと次のような行為は、まったく別ものです。

  • 受付で、長時間にわたり大声で怒鳴り続ける
  • 「土下座しろ」「クビにしろ」と理不尽に迫る
  • 特定の職員に、しつこく連絡先を聞く・つきまとう
  • 「SNSにさらす」と脅す

これらは、職員の心を確実にすり減らします。
正当なクレームと、ハラスメント。この線をあいまいにすると、職員はどこまで耐えればいいのか分からなくなります。
線を引くコツは、2つに分けて見ることです。一つは、要求の「中身」が正当かどうか。もう一つは、その「伝え方」が行き過ぎていないかどうかです。たとえば、待ち時間への苦情そのものは正当でも、怒鳴り続ける伝え方は別問題です。中身が正しくても、手段が度を越せば、カスハラになります。

2026年10月から、カスハラ対策は「義務」になります

この問題には、国も大きく動き出しました。
法律が改正され、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が、事業主の義務になりました。(カスハラ=顧客などからの著しい迷惑行為のこと)
施行は、2026年10月1日です。医療機関も、もちろん対象に含まれます。
つまり、「現場でなんとかして」では済まなくなります。組織として方針を決め、体制を整備することが求められます。
具体的に何を求められるかは、国の指針で示されていきます。大きな方向は、これまでの内部対策と重なります。方針を決めて周知する。相談に応じる体制を整える。被害を受けた職員に配慮する。どれも、すでにお伝えしてきたことです。
義務になるということは、対応を怠れば行政から指導を受ける可能性もある、ということです。裏を返せば、職員を守るための後押しが、法律という形で得られたとも言えます。

調査の目的を、取り違えていませんか

ここで、いちばん大切な話をします。多くの人が、調査の目的を取り違えています。
「ハラスメントに当たるかどうか」を判断すること。たしかに、それも調査の役割の一つです。
でも、それだけがゴールではありません。「当たらない」と判断した時点で終わってしまうと、職場は何も変わらないからです。
調査は、裁判ではありません。誰かを裁くためではなく、職場を良くするために行うものです。
たとえば、調査の結果が「ハラスメントとまでは言えない」だったとします。ここで報告を終え、ファイルを閉じてしまう。これでは、申告した職員も、周りの職員も、何も救われません。

「組織で守る」という姿勢を示す

大切なのは、職員に一人で立ち向かわせないことです。
カスハラ対応の基本は、組織で受け止めることにあります。たとえば、次のような備えです。

  • 「どこからが行き過ぎか」の線引きを、組織で決めておく
  • 一人で対応させず、複数で対応する・記録を残す
  • 一人で手に負えないときの、管理者や専門家などへの引き継ぎルールを決める
  • 被害を受けた職員の、心のケアを用意する

こうした備えは、内部のハラスメント対策とも地続きです。相談し、対応し、再発を防ぐ。その流れは、外からの被害でも同じです。
医療現場では、相手が患者さんであるだけに、対応は簡単ではありません。「治療は続けながら、迷惑行為には毅然と対応する」。その判断こそ、現場任せにせず、組織で支えるべきところです。
医療には、もう一つ難しさがあります。医師には、正当な理由がなければ診療を断れないという決まりがあります(応召義務)。だから、「迷惑だから来ないで」とは簡単に言えません。治療は続けながら、迷惑行為にだけ線を引く。この見極めは、一人で背負うには重すぎます。だからこそ、組織の方針や、外部の専門家の助けが必要になります。

ふりかえり――個人の問題から、組織の仕組みへ

ここで、全5回をふりかえります。連載を貫いてきたメッセージは、一つです。
ハラスメントは、「困った個人」の問題ではありません。組織が、仕組みで防ぐものです。

  • 第1回:なぜ医療現場で起きやすいのか、その構造を知る
  • 第2回:管理職が境界を学び、芽のうちに摘む
  • 第3回:声が届く、相談体制をつくる
  • 第4回:調査を、再発防止につなげる
  • 第5回:外からの被害にも、組織で立ち向かう

どれも、一人の頑張りではなく、仕組みの話でした。
一つひとつは、地味な取り組みかもしれません。けれど、積み重ねることで、職場の空気は確実に変わっていきます。

仕組みを根づかせる「2つの輪」

最後に、対策を続けるコツをお伝えします。
仕組みは、一度つくっただけでは根づきません。続けて回していくために、2つの輪が必要です。
一つ目は、学びを全職員に行き渡らせる「教育の輪」です。医療現場の実例で学べるeラーニングと、管理職・相談員・調査担当者それぞれに向けた研修。一度きりで終わらせず、新しく入った職員にも、くり返し届けます。
二つ目は、迷ったときに頼れる「外部の輪」です。医療現場のハラスメントに詳しい社会保険労務士(社労士)が、芽の段階から支えます。判断に迷う相談、マニュアルの整備、調査の伴走、そしてカスハラ体制づくりまで。
この2つの輪がそろって、はじめて対策は根づきます。
研修をしても、数年たてば顔ぶれは変わります。専門家がいなければ、いざというとき判断に迷います。だからこそ、この2つを回し続けることが大切なのです。

終わりに

働きやすい職場は、よい医療につながります。職員が守られていてこそ、患者さんも大切にできるからです。
カスハラ対策の義務化を、目前に控えた今。体制を見直すには、ちょうどよい時期です。
ハラスメントのない職場は、特別な才能で生まれるものではありません。正しい知識と、続ける仕組みがあれば、どんな組織でも近づけます。
5回にわたり、お付き合いいただきありがとうございました。「うちは大丈夫だろうか」と感じたら、どうぞお気軽にご相談ください。
この5回が、皆さまの職場を見直すきっかけになれば幸いです。

ご相談・お役立ち資料のご案内

カスハラ対策は、2026年10月の義務化に向けて、いまが準備のときです。フォーブレーンでは、医療現場に合わせた体制づくりと、芽の段階からの継続支援をご提供しています。義務化対応のチェックから、ご一緒できます。

▶ 義務化対応のご相談はこちら

※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものです。法令や行政の指針は改正されることがあり、個別の事案によって適切な対応は異なります。実際の対応にあたっては、専門家にご相談ください。[本記事は、2026年8月時点の情報に基づいています]

執筆者:特定社会保険労務士 稲好 智子

お問合せはこちら

お電話でのお問合せはこちら

03-5159-2522

メールでのお問合せは24時間受け付けております。お気軽にご連絡ください。

アクセス

03-5159-2522
住所

〒101-0041
東京都千代田区神田須田町1-16
RAXA神田須田町402

営業時間

9:00〜18:00
メールでのお問合せは24時間受け付けております。

休業日

土曜日・日曜日・祝日
詳しくはお電話ください。
お気軽にご連絡ください。