『医療機関のためのハラスメント対策ガイド』

第3回 相談されない窓口は、無いのと同じ

――早期発見を支える相談体制のつくり方

 医療機関向けコラム 

2026年9月16日

本コラムは、「医療機関のためのハラスメント対策ガイド」と題し、全5回でお届けする連載です。

第1回 なぜ医療機関でハラスメントは起きやすいのか
第2回 「指導」と「パワハラ」の境界線
第3回 相談されない窓口は、無いのと同じ(今回)
第4回 申告があったとき、組織の真価が問われる
第5回 患者・家族からのハラスメントと、持続する組織づくり

はじめに

前回は、管理職が現場の「芽」に気づき、早めに摘む役割をお話ししました。
ただ、芽は管理職の目だけでは拾いきれません。本人が「相談」という形で声を上げてくれることも、大切な入り口です。
そのために、多くの病院が相談窓口を設けています。でも、その窓口は、本当に使われているでしょうか。

今回は、声が届く相談体制のつくり方を考えます。

窓口を作っただけでは、使われません

最初にお伝えしたいのは、窓口の「設置」と「機能」は別だ、ということです。
相談窓口の設置は、法律上の義務です。2022年4月からは、中小の医療機関も対象になりました(パワハラ防止法)。
そのため、窓口を持つ病院は増えました。ところが、実際に使われているとは限りません。
ある調査では、パワハラを受けたと感じた人のうち、会社関係に相談した人は15.6%でした。最も多かったのは「何もしなかった」で、43.4%にのぼります(厚生労働省・2016年度)。
窓口があっても、声が届かない。これでは、無いのと同じです。
窓口が形だけになると、問題は水面下で進みます。気づいたときには、退職や休職という形で表に出てくるのです。

なぜ、相談されないのか

では、なぜ人は相談をためらうのでしょうか。同じ調査では、こんな理由が挙がっています。

  • 「何をしても解決にならない」と思った……68.5%
  • 「職務上、不利益が生じる」と思った……24.9%

つまり、「話しても無駄」「話したら損をする」という不安です。

医療現場では、この不安がさらに強くなりがちです。

  • 狭い世界なので、噂がすぐ広まる
  • 相談したい相手が、直属の上司である
  • シフトで、加害者と顔を合わせ続ける

「相談しても安全だ」と思えなければ、人は動けません。

相談員の対応一つで、結果が変わります

ここで大きいのが、窓口にいる「人」の存在です。
相談は、最初の受け止め方で流れが決まります。同じ訴えでも、対応しだいで結果は大きく変わります。
たとえば、こんな対応は相談者を傷つけます。

  • 「あなたにも悪いところがあったのでは」と問い詰める
  • 「気にしすぎでは」と軽く流す
  • 話の内容を、ほかの人に漏らす

逆に、よい対応はこうです。

  • 否定せず、まず最後まで話を聞く
  • 良し悪しを決めつけず、事実を確認する
  • 秘密を守り、本人の同意なく動かない

対応を誤れば、相談したこと自体が新たな傷になります。これを「二次被害」と呼びます。
せっかく勇気を出して相談したのに、二次被害で心を閉ざす。そうなれば、二度と声は上がってきません。

だからこそ、相談員研修が欠かせません

相談スキルは、自己流では身につきません。だからこそ、相談員には研修が必要です。
相談を受けるのは、その日まで普通に働いていた看護師長や事務職員であることがほとんどです。訓練のないまま重い相談を任されるのは、本人にとっても大きな負担になります。
相談対応は、思いやりだけでは足りない専門の技術です。研修では、たとえば次のことを学びます。

  • 相手を追い詰めない、聞き取りの仕方
  • 中立を保ちながら、事実を整理する方法
  • 記録の残し方と、秘密の守り方
  • 次に誰へつなぐか、その判断

医療の現場には、相談員の経験が浅い職員も少なくありません。学ぶ機会があるかどうかで、窓口の信頼は大きく変わります。
研修は、相談者を守るだけのものではありません。対応のしかたを身につけることは、相談員自身を守ることにもつながります。

そして、対応の「型」を決めるマニュアルが要ります

研修と合わせて必要になるのが、マニュアルの整備です。
研修で個人の力が上がっても、それだけでは足りません。誰が相談を受けても、同じ手順で動ける仕組みが要ります。
マニュアルには、たとえば次のことを定めます。

  • 相談の受け付け方と、対応の窓口
  • 秘密保持の範囲と、情報の扱い方
  • 聞き取りから記録までの流れ
  • 調査へ移るときの、本人の同意の取り方
  • 誰が、どこまで対応するかの役割分担

手順が決まっていれば、担当者が代わっても対応はぶれません。「あの人がいないと分からない」を防げます。
マニュアルは、相談員を守る道具でもあります。「ここまでやれば大丈夫」という基準があれば、担当者は落ち着いて対応できます。

そのマニュアル、医療機関の事情に合っていますか

ここで、よくある落とし穴があります。一般企業向けのマニュアルを、そのまま使っているケースです。
医療機関には、ほかの職場にはない事情があります。それを踏まえないと、マニュアルは現場で動きません。

  • 24時間・夜勤体制で、誰がいつ相談を受けるのか
  • 直属の上司が加害者のとき、別の相談ルートはあるか
  • 患者さんやご家族からのハラスメント(ペイハラ)への対応
  • 医療安全の部門や、労務担当との役割分担

こうした点が抜けたマニュアルは、いざというとき役に立ちません。

医療に合ったマニュアルは、専門家と作ると確実です

では、医療に合ったマニュアルを、どう作ればよいでしょうか。
ゼロから自前で作るのは、かなりの手間がかかります。法律の知識も、現場の実情を踏まえた工夫も必要だからです。
そこで効果的なのが、専門家の力を借りることです。医療現場のハラスメントに詳しい社会保険労務士(社労士)なら、勘どころを押さえています。

  • 法律の要件を満たしながら
  • 医療現場の動き方に合わせて
  • 実際に使えるマニュアルに仕上げる

判断に迷う相談が来たときも、同じ専門家にそのまま相談できます。作って終わりではなく、運用まで頼れるのが強みです。
自前のマニュアルが、実は法律の要件を満たしていなかった。そんな例も珍しくありません。専門家が入ることで、抜けや漏れを防げます。

終わりに

相談体制は、「窓口」「相談員研修」「医療に合ったマニュアル」の3つがそろって、はじめて機能します。
どれか一つが欠けても、声は届きません。逆に、3つがそろえば、芽の段階で問題に気づけます。
「相談してよかった」。そう思える窓口が、職員を守り、組織を守ります。
窓口・研修・マニュアル。この3つは、別々に用意するものではなく、一つの体制として組み合わせてこそ力を発揮します。

次回は、実際に相談や申告があったとき、組織がどう動くべきかをお話しします。公正な「事実調査」の進め方がテーマです。

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相談体制づくりは、何から手をつけるか迷いがちです。フォーブレーンでは、相談員研修と、医療機関向けの相談対応マニュアルの整備などもご支援しています。まずは現状を一緒に点検するところから始められます。

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※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものです。法令や行政の指針は改正されることがあり、個別の事案によって適切な対応は異なります。実際の対応にあたっては、専門家にご相談ください。[本記事は、2026年8月時点の情報に基づいています]

執筆者:特定社会保険労務士 稲好 智子

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